■木喰上人の遺品

左上 『万人講帳』 右上 『四国堂心願鏡』
左下 『御宿帳』 右下 『拾三人講丸札』 |
第3期の 廻国(かいこく)から丸畑に戻り、永寿庵(えいじゅあん)の五智如来(ごちにょらい)像や、四国堂(しこくどう)と八十八体仏の制作を終えた木喰上人のその後のことは、ほとんど知られていません。 木喰さんがいつ、どこで亡(な)くなったかは「永遠のナゾ」といったところですが、現在ここまで私たちが木喰さんの足跡(そくせき)をたどることができるのは、木喰さんの遺(のこ)した貴重(きちょう)な資料(しりょう)のおかげです。
木喰さんの甥(おい)、弟の息子(むすこ)のひとりは僧侶(そうりょ)であったということですが、その甥が文化9(1810)年、木喰さんの生家(せいか)を訪(おとず)れました。 木喰さんがいつも担(かつ)ぎ歩いていた 笈(おい)を、木喰さんの遺品(いひん)として届けたのです。 その笈のなかには、木喰さん自らの手によるいくつもの旅の記録や和歌集、 薬師如来(やくしにょらい)像を描いたもの、紙 位牌(かみいはい)などが収められていました。
『奉納帳(ほうのうちょう)』や『南無阿弥陀仏国々御宿帳(なむあみだぶつくにぐにおやどちょう)』といった旅の記録は、木喰さんの廻国のすべてを網羅(もうら)しているわけではありませんが、これらの資料があるからこそ、いろいろなことがわかってきているのです。 『神通光明明満聖人霊位(じんつうこうみょうみょうまんしょうにんれいい)』(紙位牌)には、「文化七年六月五日」の日付がかかれており、このため6月5日が木喰さんの命日(めいにち)とされています。
木喰上人の遺品の数々は昭和43(1968)年12月、永寿庵の五智如来像、山神社の山の神像、丸畑の2軒の家に受け継(つ)がれている2体ずつの八十八体仏とともに、県の文化財に指定されました。 これらの資料は現在、昭和61(1986)年6月5日にオープンした丸畑の「木喰の里微笑館(びしょうかん)」に保管・展示されています。
 もくじきのさとびしょうかん
木喰の里微笑館
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 〒409-2931
山梨県南巨摩郡身延町北川2855
tel. & fax.0556-36-0753 |
開館時間 |
3〜11月 9:00〜17:00 12〜2月 10:00〜16:00 |
休 館 日 |
水曜(祝日のときは開館)
祝日の翌日
年末年始(12月28日〜1月4日)
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入 館 料 |
一般 200円 (160円)
小・中学生 100円 (80円)
(カッコ内は20名以上の団体の場合)
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