檀紙(だんし)
はじまりは中世の越前(えちぜん=福井県)で、いつの時代も高級紙の地位を保っていた紙です。最初は檀(まゆみ)の樹皮(じゅひ)、のちには楮(こうぞ)で作られるようになりました。厚手で白く縮緬(ちりめん)のようなしわがありますが、江戸時代以前のものにはしわは見られません。大きさにより大高・中高・小高があり、古くは詩歌(しいか)などを書く紙、幕末(ばくまつ)のころまでは宮廷(きゅうてい)や幕府(ばくふ)の御用紙(ごようし)、現代ではあらたまった書状の包装(ほうそう)や凝(こ)った和菓子(わがし)のラベルなどに使われています。平安時代、陸奥(みちのく=東北地方)で多く作られたので、みちのく紙とも呼ばれました。
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画仙紙(がせんし)
中国で作られた白く大判(おおばん)の書画用の紙の別称(べっしょう)です。「画仙」とは優(すぐ)れた画人の敬称(けいしょう)で、画仙の使う紙、というのが名前の由来(ゆらい)とされています。
本来は中国産の紙のことをいいますが、それが入手しにくくなった昭和20年代に、竹や稲、木材などの原料を配合して漉き始めた中国風の書画用紙が、因州(いんしゅう=鳥取県)画仙紙や甲州画仙紙として発達しました。「和画仙」とも呼ばれ、雅仙紙という書き方もあります。
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糊入れ(のりいれ)
糊入れ紙の略(りゃく)で、紙の色を白くするために米の糊を加えて漉いた、近世の杉原紙です。中世には糊は加えていませんでした。
市川大門では肌好紙(はだよしがみ)、本判(ほんばん)と呼ばれる紙が漉かれていました。米の粉を加えて漉いた奉書紙で、これらの紙も糊入れと呼ばれていました。 |
半紙(はんし)
もとは小形の杉原紙。標準的な大きさの紙、延紙(のべがみ)を節約して半分に切って用いたり、練習用に使ったことから「半切紙」の意味でこう呼ばれます。のちにはその大きさに漉いた紙の一般的な名称になりました。縦24〜26cm、横32.5〜35cm。
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間似合紙(まにあいし)
雁皮紙(がんぴし)の一種で、ふすま紙や書画用紙として使われます。紙幅を広く漉いて、「ふすまの半間(はんげん)の幅に継(つ)ぎ目なしで貼るのに間に合う」という意味の紙名です。半間は1間(いっけん)=6尺(しゃく)の半分で約90.9cmです。中世から始まり、越前と名塩(なじお=兵庫県)で良質なものが作られました。
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宿紙(すくし)
文字を書いた紙などを再び原料として繊維(せんい)にもどし漉き直した紙。墨(すみ)が充分に脱色(だっしょく)できないものを薄墨紙(うすずみがみ)、水雲紙(すいうんし)と呼びました。
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薄様紙(うすようがみ)
雁皮(がんぴ)で漉く薄(うす)い紙。平安時代、写経(しゃきょう)用紙にはほとんどこの紙が使われ、檀紙は裏紙として使われていました。吉野紙などの薄様紙は、宮中(きゅうちゅう)の女性たちに鼻紙として愛用されました。今日では歴史的価値のある書画の修復や保存のほか、書や写経の用紙など、さまざまな用途(ようと)をされています。
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鳥の子紙(とりのこがみ)
平らでなめらか、緻密(ちみつ)で光沢(こうたく)のある雁皮紙の一種。卵の殻(から)のような色合いの紙なので「鳥の子」です。中世では「越前鳥子」という記述が多いため、越前紙から始まったものと考えられます。
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局紙(きょくし)
印刷局の使用する紙で、鳥の子厚紙の上等なもの。紙面につやがあり、淡い黄褐色(おうかっしょく)で硬(かた)くてじょうぶです。 紙幣(しへい)や免許状、証券(しょうけん)用紙など、保存の必要性があるものに使われています。
明治8(1985)年に紙幣用の紙づくりに取り組んでいた大蔵省(おおくらしょう)抄紙(しょうし)部に招(まね)かれた越前の紙漉き職人が、印刷適性が世界一といわれる新しい「局紙」を作りました。パリ万博に出品されたこの紙は好評を博し、ヴェルサイユ条約(1919年)の正文(せいぶん)用紙にも採用(さいよう)されました。
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杉原紙(すぎはらがみ)
楮を原料として漉かれた柔(やわら)らかい紙。中世を代表する楮紙で、武士や僧侶(そうりょ)が贈り物に盛(さか)んに用いました。武士は、檀紙ではなく杉原紙に書くものとされていましたが、江戸時代には大衆(たいしゅう)化しました。平安時代に美濃(みの=岐阜県)の杉原と播磨(はりま=兵庫県)の杉原がその産地でしたが、のちに全国各地で漉かれるようになりました。
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奉書(ほうしょ)
中世に越前で作り始めた高級な楮紙で、特に江戸時代に公用紙として盛んに使われました。古文書の形式に「将軍(しょうぐん)の命令を奉(ほう)じて部下の名で出す」という書式があり、次第にそれを記した楮の高級紙も「奉書」と呼ぶようになりました。厚用の紙で、その紙肌(かみはだ)と風(ふう)合いが上層(じょうそう)社会に好まれて、古くから公家(くげ)、武家(ぶけ)、寺社などから重用(ちょうよう)されました。
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西の内紙(にしのうちし)
水戸(みと=茨城県)藩(はん)の特産和紙で、産地名が名前の由来です。良質な那須(なす)楮を使った評判の高い紙で、特に明治時代の選挙用紙として使われたことが有名です。
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