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第一展示室 保存されていた藤村式校舎の部材
「祝学校・勝沼学校」

いわいがっこう・かつぬまがっこう
[1.祝学校と勝沼学校 | 2.松木輝殷 | 3.下山大工建築物と文化財指定]


3. 下山大工建築物の文化財指定
 祝(いわい)学校の建設時には、大量の資金が必要でした。 当時のお金で6千円という金額でやっており、通常の学校建築、?語彙集村式(ふじむらしき)建築の場合はだいたい2千円から3千円というのが相場(そうば)でしたから、この祝学校というのはとんでもないお金がかかったことで有名です。

 もう一つ、勝沼(かつぬま)学校は、山梨県で造られた?語彙集洋風(ぎようふう)建築と呼ばれる洋風建築の中でも非常に優れた建築であると、かつては評価されていたものです。 この二つの建物がもし取り壊(こわ)されずに残っていたら、両方とも重要文化財になっていたはずです。

 松木輝殷が造った建物には、ご存じだと思いますが、県の重要文化財になっている、甲府(こうふ)にある?語彙集睦沢(むつざわ)学校があります。 それから先ほど言った、例えば?語彙集光寺の本堂、これも重要文化財です。 善光寺の山門、重要文化財です。 燃えてしまいましたが?語彙集桜(かなざくら)神社の神楽殿、重要文化財でした。 そして、松木運四郎が造った建物は、現在も残っていますが石和の?語彙集(さく)神社、県指定文化財です。

 下山大工が造った建物が軒並(のきな)み重要文化財、近世の建築としての重要文化財になっています。 近世、近代の建築の重要文化財指定というのはまだ始まったばかりですから、その点ではトップレベルということになります。

 これから、松木仁さんのお宅から見つかった資料を見てもらいます。 となりの部屋にきてください。

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