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 望月清兵衛さんのお墓  西未の印・甲州河内紙改所の印  かつて使われていた紙漉きの道具
 ちょこっとコラム「西嶋の紙漉き唄のこと」

和紙ちょこっとコラム

西嶋の紙漉き唄のこと

    『西島紙漉唄』

               伝承地:南巨摩郡身延町西島

    アー
    紙は大切 紙商売はヨー
    神にはられで
    マタホイ エヘヘ オホホ
    紙を漉く シャリシャリ(註1)

    今朝の一と舟ゃ じゃみじゃみ(註2)したがヨー
    つぎの船から とろとろとよ

    可愛い男に 紙漉きさせてヨー
    そばで紙はり して見たいよ

    紙漉きさんだと 云うからほれたヨー
    あとで聞いたら 下まわりよ

    男ぶりより 紙漉ぶりにヨー
    ほれて来るのが 福の神よ

    切れてくりょなら 切れてもやるがヨー
    横にまんが(註3)じゃ 切れられぬよ

    世辞じゃなけれど 貴男(あなた)の紙はヨー
    お手を叩けば ぱらぱらと(註4)

    縁は共綱(ともづな) 出る子(註5)はいかりヨー
    切れた鼻緒は 子でつなぐよ

    紙を漉くなら 小だてをつよく(註6)ヨー
    ゆすりよくすりゃ 紙がよいよ

    紙漉きが来た来た 千万人も来たがヨー
    奉書が漉けなけりゃ へちゃムクレ(註7)

    お里自慢を するのじゃないが
    西島よいとこ かみの里(註8)





(註1) シャリシャリ
紙漉き作業の工程で桁(けた)の中に簀(す)をかけ、槽水(ふなみず)を入れて揺する時に発する音の擬音。流し漉きの簀桁から水を捨てた時の音、の説もある。

(註2) じゃみじゃみ
和紙の製造には楮や三椏(みつまた)の繊維に“たも(トロロアオイ)”の粘液を糊料として混ぜる。「じゃみじゃみ」は粘液と原料の繊維がよく混ざらない状態をいう。

(註3) まんが
紙漉き槽に満たした原料をかき混ぜるために使う道具。

(註4) お手を叩けばぱらぱらと
簀の上の繊維を乾燥台に移す時、簡単に簀から離れること。

(註5) 出る子
「出る」は「出来る」の甲州方言。出る子は生まれ出る子の意。

(註6) 小だてをつよく
槽の中に溶かした水を少なめに入れて「たも」をよくきかせること。

(註7) へちゃむくれ
駄目だ。

(註8) かみの里
「紙」と「神」とをかけた。西島では製紙の元祖である中国後漢の宦官蔡倫を神として祀り、「お蔡倫さん」と称して、毎年1月25日にお祭りが行われた。

 西嶋で紙漉き作業の時に唄われた作業唄です。詩型(しけい)は七七七五型。曲節(ふし)は、岡山県の下津井港(しもついこう)を中心として瀬戸内海(せとないかい)一帯で唄われた『下津井節(しもついぶし)』などの船歌(ふなうた)との類似性(るいじせい)が認められています。この港は瀬戸内海を往来(おうらい)する船の風待港(かぜまちみなと)として栄え、特に北海道通いの北前船(きたまえぶね)で賑(にぎ)わったそうです。その船乗りたちによって運ばれたこの曲節が、富士川船歌となり、富士川をさかのぼってもたらされ、紙漉唄が生まれたと考えられているようです。
 紙を漉く時の動作のリズムがそのまま唄拍子(うたびょうし)となっていて、各地に伝わるさまざまな作業唄と同じように、自然発生した唄といえるでしょう。

【『和紙の歴史探訪』の参考文献・資料】

『中富町誌』(中富町誌編纂委員会) 『みすきちゃんと行こう 身延町の文化財ガイド』(身延町教育委員会)
『峡南の歴史を語る集い』(峡南の歴史を語る集い実行委員会)
『山梨県の民謡』民謡緊急調査報告書(山梨県教育委員会)
『山梨の民謡』(手塚洋一著、山梨ふるさと文庫) 『西島紙の歴史』(笠井東太著、西島手すき紙工業協同組合)