類型的なお話のこと - 言い負け狸 いいまけだぬき
こんなお話
ある家に夜ごとたぬきがやって来ては、ふざけた台詞(せりふ)を言って人間をからかいます。最初はからかわれる一方でしたが、それに負けじと同じような口調(くちょう)で言い返すと、たぬきもしつこく繰(く)り返してくる。こんなやり取りをしばらく続けていると、そのうちにたぬきの声が聞こえなくなる。夜が明けて戸を開けてみると、そこには舌を噛(か)み切って死んでしまったたぬきが─というお話です。
早口言葉のような呪文(じゅもん)のような台詞そのもののおかしさに加え、たたみみかけるような繰り返しが高揚感(こうようかん)をもたらし、「語りもの」のお話としての醍醐味(だいごみ)が楽しめます。
お話のパターン
たぬきがおかしな言葉を口にして人間をからかいますが、別のパターンではたぬきが家の外で戸に寄りかかって立っていて、頭や尻尾(しっぽ)が戸にぶつかると、その音が言葉のように聞こえるというものがあります。
また、たぬきがあまりにもしつこいので、言い合いを続けるふりをしながらそっと戸に近づき勢いよく戸を開けると、たぬきが土間(どま)に転がり込んでくる、というものもあります。転がり込んだたぬきは家や蔵(くら)の中を逃げ回ります。
これがお寺のお話の場合には、本堂に逃げ込み御本尊(ごほんぞん)に化けます。本物の御本尊とたぬきとを見分けるために、「本物の御本尊なら○○をすると××するはずだ」などというあり得ないことをたぬきに聞こえるように言うと、たぬきはまんまと引っ掛かって、「××した」ところを捕(とら)えられるのです。「にせ本尊」という、きつねが出てくるお話に似ています。「言い負け狸」では、民家の場合でもお寺の場合でも、捕えられたたぬきは殺されてしまいます。
「言い負け狸」の根底にあるもの
「言い負け狸」というのは土橋里木(つちはし・りき)さんが使っている表現です。「化物問答」(ばけものもんどう)のひとつ、というとらえ方もあります。土橋さんは、「言い負け狸」に関して次のような見方をしています。
「人里に人間をからかいにくるたぬき」とは、山爺(やまじじい)や山姥(やまんば)、さとり男といった奥山(おくやま)の怪物(かいぶつ)の象徴(しょうちょう)である、と。なので、「狸に言い負かされると死ぬから、言い負かされぬように一生懸命に言い返さねばならぬ。こちらが言い勝てば狸が死ぬと信ぜられているようである。これは言い争いばかりでなく、狸が何か人間に挑(いど)みかけた時、人間の方で、狸のしたことより以上に為(し)勝たねばならぬので、例えば石を投げつけられた場合、こちらでも石を投げ返して投げ勝つと、狸は斃(たお)れるものであるという」とのことです(「山村夜譚」)。
この見方を踏まえると、なぜ人間との言葉合戦に負けたくらいでたぬきが死んでしまうのか、いたずらを働いた動物を見逃してやるお話がいくつもある一方で、なぜお寺の本堂に逃げ込んだたぬきが結局は殺されてしまうのか、納得(なっとく)がいきます。
ステテンコテンのテンコロリン♪
土橋里木さんが紹介している旧上九一色(かみくいしき)村の「言い負け狸」は、たぬきと人間が言い合いをするパターンで、たぬきが「医者どんの頭をステテンコテン」と言えば、人間が「そんなこと言う者(もん)の頭をステテンコテン」とやり返します。
また、土橋さんの「山梨県の民話と伝説」のなかで紹介されているその他の化物問答の例には、早川町の「三郎ろうりん、テンコロリン」「そういう者はテンコロリン」、岐阜(ぎふ)県の「お前の頭をすってんてん」「お前の頭はすっぺらぽんじゃ、すっぺらぽんじゃ」、福岡県の「ウソが婆ウッテンテンテン」「そういう者こそウッテンテンテン」、長崎県壱岐島(いきのしま)の、「八十兵衛(やそべえ)はおんぽんぽん」「そういう者ァおんぽんぽん」などがあるということです。
甲府市に伝わる「ごすけ狸」は、尻尾で戸を叩(たた)くパターンで、雨戸に寄りかかったご機嫌(きげん)なたぬきが尻尾で戸を叩いていて、その音が「ごすけさん、ごすけさん」と呼びかけているように聞こえたというものです。
「證誠寺のたぬきばやし伝説」、そして「てうちてち」
「證誠寺(しょうじょうじ)」と聞くと、「しょ、しょ、しょうじょうじ」で始まる童謡(どうよう)を思い浮(う)かべる人が多いと思いますが、この童謡は千葉県木更津(きさらづ)市のお寺に伝わる「たぬきばやし伝説」をもとに作られたものです。この「たぬきばやし伝説」も、「言い負け狸」とよく似たところのあるお話です。こちらは「言葉による応酬(おうしゅう)」パターンでも「尻尾で戸」パターンでもなくて、お寺の和尚さんと大小100匹ものたぬきたちとの、3晩にわたるにぎやかな踊(おど)りとお囃子(はやし)の壮大な競争です。
身延に伝わる「てうちてち」は、たぬきと甚(じん)どんが「てうちてち、てうちてち」と言い合います。甚どんは畑の大豆(だいず)を獣(けもの)から守るために不寝(ねず)の番をしている、という設定ですが、そこには「身延村における大豆栽培(さいばい)の起源」が盛(も)り込まれて、由来譚(ゆらいたん)とのハイブリッド版(ばん)です。たぬきの鳴き声だという「てうちてち」という言葉も独特で、味わいのあるお話です。
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