早熟(そうじゅく)の秀才 |
ははぁ〜
すごいですねえ |
星野秀樹さんは旧制身延中学に転入したころにはすでに、周囲の誰もが認める頭脳明晰(めいせき)な少年だったということです。 星野さんとともに文芸部の創設に携(たずさ)わった同級生の上田武さんはこのように記しています。 文中の「H」は星野さんのことです。 |
…1Dのクラスには、今思いかえしてみても俊才(しゅんさい)としか言いようのないHがいた。 その時すでに、サルトルやスペイン人民戦線などについて、教室の窓際(まどぎわ)で奔放(ほんぽう)に論じるHの姿は、私にとってまぶしすぎる存在であった…文芸部に入り、下手な詩や小説めいたものを書きながらも、Hぐらいにゆけたらなと思うことが多かった… |
県立身延高等学校創立六十周年記念誌『身延わが青春』より
(上田武さん「昭和二十三年度一年D組のことなど」) |
|
同じく同級生の松野重郎さんは次のように語っています。 |
…星野は、成績抜群(ばつぐん)、雲の上の人でした。 まるで、別世界の人間、近づきがたいほどに、思想なども老成(ろうせい)していました。 絵に描いた高校生のような、すがすがしい感じでした。 でも、いやみなどは、まったくなかった。 教室では、寡黙(かもく)なほうでした… |
山梨文化協会機関誌『イマジネーション第2号』より |
|