下山大工

語彙集

ごいしゅう
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建築・大工関連 このページのトップへ
絵様 【えよう】
日本建築で、梁(はり)や木鼻(きばな)に施された装飾彫刻のこと。
神楽殿 【かぐらでん】
神社の境内(けいだい)に設けた神楽(かぐら)を奏するための建物。
【きざはし】
階段。 きだはし。
木積り 【きづもり】
建築用木材の寸法や材料を、設計図から見積もること。
木取り 【きどり】
材木を用材からどのように切り取るかを決めること。 また、実際に切り取ること。
木鼻 【きばな】
頭貫(かしらぬき=柱と柱を上部でつなぐ横木)などの端が、柱から突き出た部分で、彫刻が施されることが多い。 拳鼻(こぶしばな)とも言う。
擬洋風建築 【ぎようふうけんちく】
幕末(ばくまつ)から明治初期にかけ、日本建築の大工棟梁(とうりょう)が、西洋建築の外観を模(も)して造った建築物。 →藤村式建築
向拝 【こうはい】
社殿や仏堂の正面上部に張り出した庇(ひさし)の部分。 参詣(さんけい)者が礼拝をする場所。
高欄 【こうらん】
橋や回廊・廊下などにつけた欄干(らんかん)。
木挽き 【こびき】
木材を大鋸(おが)で挽(ひ)いて切ること。
小屋組 【こやぐみ】
建物の屋根を支えるための骨組み。
作事場 【さくじば】
作事(家屋の建築の修理)の仕事場。 普請(ふしん)場。
指図 【さしず】
絵図面、地図、家の設計図。
三間社 【さんげんしゃ】
神社本殿正面の柱間(はしらま)が3つある形式のもの。
三門 【さんもん】
寺の本堂の前にある門で、空・無相・無作(むさ)の三解脱門(さんげだつもん)を象徴する。
獅子鼻 【ししばな】
木鼻(きばな)に獅子(しし)の頭部を彫刻したもの。
隅木 【すみぎ】
屋根の四隅、隅棟(すみむね)の下で垂木(たるき)の上端を受けている斜めの木。
垂木 【たるき】
屋根を支えるための長い木材で、棟木(むなぎ)から軒(のき)に渡したもの。
玉垣 【たまがき】
神社などの周囲に設ける垣根。 瑞垣(みずがき)。
【つま】
切妻(きりづま)、入母屋(いりもや)造りの面の、三角形の壁面。
斗きょう 【ときょう】
建物の柱上にある軒を支える部分。 組物。 
箱棟 【はこむね】
板で箱形に作られた大棟。
藤村式建築 【ふじむらしきけんちく】
擬洋風建築の山梨独自の別称。 擬洋風建築の建物を多く残した当時の山梨県令藤村紫朗(在任明治6〜20年)にちなむ。
棟札 【むなふだ】
棟上げの時に、工匠(こうしょう)の名や年月日、工事の由緒(ゆいしょ)などを記し、棟木(むなぎ)に打ち付ける札。 棟木は屋根の最も高い水平な部分の木材のこと。
欄間 【らんま】
天井と鴨居(かもい)の間に取り付けてある、採光や通風のための格子(こうし)や透かし彫の板。
脇障子 【わきしょうじ】
神社などの側面の縁(えん)を仕切る板戸や板壁。 絵や浮き彫で装飾される。

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阿手古沢橋 【あてござわばし】
南巨摩郡下山村(現身延町下山)。
一蓮寺 【いちれんじ】
甲府太田町(現甲府市太田町)。 山号は稲久(とうきゅう)山。 時宗(じしゅう)単立寺。 甲斐源氏(かいげんじ)一条氏の居館を寺としたのが始まり。 文禄4年(1595)、甲府城築城の際に現在地に移る。 同寺に伝わる応仁(おうにん)の乱以降の過去帳(かこちょう)は県指定文化財。
稲積神社 【いなづみじんじゃ】
甲府太田町(現甲府市太田町)。 古代荘園(しょうえん)時代の稲積庄(いなづみのしょう)の地神(じがみ)。 文禄3年(1594)、甲府築城の折に現在地に移された。
祝学校 【いわいがっこう】
東八代郡祝村(現甲州市勝沼町下岩崎=旧東山梨郡勝沼町)。 明治9年(1876)完成。 棟梁松木輝殷。
産神本社 【うぶかみほんしゃ】
東山梨郡駒飼村(現甲州市大和町日影=旧大和村)。
円実寺 【えんじつじ】
南巨摩郡波木井村(現身延町波木井)。 山号は波木井山。
甲斐善光寺 【かいぜんこうじ】
甲府市善光寺にある定額(じょうがく)山浄智院(浄土宗)の別称で、武田信玄による開基。 本尊は阿弥陀如来。 信玄が、信濃善光寺の本尊をはじめとする宝物を戦火から守るために甲府に移し、伽藍(がらん)を建てたことが本寺の始まりといわれる。 現在の建物は宝暦(ほうれき)4年(1754)の火事ののちに再建されたもの。 石川久左衛門による三門は明和4年(1767)、政五郎による金堂は寛政8年(1796)。 ともに昭和20年(1945)の甲府大空襲を免れ、昭和30年(1955)に重要文化財に指定された。
勝沼学校 【かつぬまがっこう】
東山梨郡勝沼村(現甲州市勝沼町勝沼=旧勝沼町)。 棟梁松木輝殷。 明治天皇のご巡幸(じゅんこう)に間に合わせるため工事を早め、明治13年(1880)に完成。
柏尾橋 【かしおばし】
東山梨郡勝沼村(現甲州市勝沼町勝沼=旧勝沼町)。
金桜神社 【かなざくらじんじゃ】
甲府市御岳町。 日本武尊(やまとたけるのみこと)がこの地を訪れたときに国家鎮護(ちんご)の霊地とした金峰山(きんぷさん)を、465年(雄略天皇10年)に里宮(さとみや)に分祭した。 文武天皇のころには日本三御岳、三大霊場として栄えた。 享和2年(1802)に造られた神楽殿は昭和30年(1955)に焼失。
旧舂米学校 【きゅうつきよねがっこう】
増穂町舂米。 明治9年(1876年)、松木高造によるもの。 昭和49年(1974)、従来の校舎を修復し、増穂町立民俗資料館となる。 昭和50年(1975)、山梨県文化財に指定。 塔屋(とうや)を持つ木造2階建て、方形をした藤村式建築の特徴的な建物。
旧東山梨郡役所 【きゅうひがしやまなしぐんやくしょ】
東郡役所の新庁舎として明治18年(1885)、同郡日下部村(現山梨市小原西)に建てられた藤村式建築の代表作。 昭和39年(1964)財団法人明治村(愛知県)に寄贈(きぞう)、昭和40年(1965)7月に復元落成。 昭和41年(1966)6月には重要文化財に指定。
旧睦沢学校 【きゅうむつざわがっこう】
明治8年(1875)、中巨摩郡睦沢村(現甲斐市亀沢=旧中巨摩郡敷島町)に棟梁松木輝殷が建てた擬洋風建築の学校。 昭和41年(1966)、山梨郷土研究会の保存運動により甲府市武田神社境内に藤村記念館として移築された。 昭和42年(1967)6月に重要文化財に指定。
錦生学校 【きんせいがっこう】
東八代郡錦生村(現笛吹市御坂町夏目原=旧東八代郡御坂町)。 明治12年(1879)。
景徳院 【けいとくいん】
東八代郡田野村(現甲州市大和町田野=旧東山梨郡大和村)。 別名田野寺。 曹洞宗。 武田勝頼滅亡の地。 慶長16(1611)落成。 天保年間(1830-1844)の火災により山門のみ現存。 境内一帯は県の史跡に指定。
佐久神社 【さくじんじゃ】
東八代郡河内(こうち)村(現笛吹市石和町=旧東八代郡石和町)。 現在の本殿は文久2年(1862)に再建されたもの。 昭和33年(1958)に県の文化財に指定。
浄泉寺 【じょうせんじ】
南都留郡旧川茂村(現都留市川茂)。
琢美学校 【たくみがっこう】
甲府工町(現甲府市城東一丁目)。 明治7年(1874)2月。 梁木学校とともに、山梨県における擬洋風建築の最初の学校で、小宮山弥太郎(こみやま・やたろう)による建築。
千野学校 【ちのがっこう】
東山梨郡七里村(現甲州市塩山千野=旧塩山市)。 明治12年(1879)4月。
東漸院 【とうぜんいん】
甲州市勝沼町(旧東山梨郡勝沼町)。
遠渡神社 【とうどうじんじゃ】
南巨摩郡五箇村榑坪(現早川町榑坪)。
韮崎学校 【にらさきがっこう】
北巨摩郡河原辺村(現韮崎市韮崎町)。 明治13年(1880)。
八幡神社 【はちまんじんじゃ】
身延町八日市場(旧中富町)。 創建は康治9年(1142)と伝えられる。 正和元年(1312)、元和9年(1615)、慶安元(1648)、宝永5年(1708)の各再建時の棟札が残る。 現存の建物は天保14年(1843)のもので、工匠は下山村の松木運四郎、望月松兵衛、飯富村の嶋村半兵衛。
日川学校 【ひかわがっこう】
東山梨郡日川村(現山梨市歌田)。 琢美学校、梁木学校に続く3例目の藤村式学校で、明治8年(1875)4月完成。 松木輝殷が手がけた最初の藤村式建築。
平等学校 【ひらしながっこう】
東山梨郡平等村(現山梨市落合)。 明治10年(1877)。 松木輝殷による。 外観は前年に完成した祝学校によく似る。
舞鶴館 【ぶかくかん】
甲府相生町(現甲府市相生二丁目)。 藤村式建築としては珍しい入母屋(いりもや)屋根の集会場として、明治24年(1891)建造。 建築関係者は不明。
船山橋 【ふなやまばし】
北巨摩郡河原部村(現韮崎市韮崎町)。
本学寺 【ほんがくじ】
静岡県安部郡豊田村(現磐田市豊田町)。
本国寺 【ほんごくじ】
身延町下山。 山号は長栄山。 日蓮宗久遠寺末。 下山兵庫介光基による開基。
本門寺 【ほんもんじ】
静岡県富士郡北山村(現富士宮市北山)。
瑞穂学校 【みずほがっこう】
南都留郡瑞穂村(現富士吉田市下吉田町)。 明治6年(1873)12月に完成。
身延山久遠寺 【みのぶさんくおんじ】
身延町身延。 日蓮宗総本山。 文永11年(1274)、波木井実長の領地であった身延山に入った日蓮が西谷に庵室(あんしつ)を構えた。 弘安3年(1281)に庵室は改築され、身延山久遠寺と命名。 文明7年(1475)、第11代日朝(1422-1500)により、諸堂が現在地に移された。
御代咲学校 【みよさきがっこう】
東八代郡御代咲村(現笛吹市一宮町土塚=旧東八代郡一宮町)。 明治12年(1879)完成。
睦合病院 【むつあいびょういん】
南巨摩郡睦合村(現南部町)。 手狭(てぜま)になった当時の県立病院睦合分院の新病院として、松木輝殷の建築請負により明治18年(1887)完成。
梁木学校 【やなぎがっこう】
甲府柳町(現甲府市中央四丁目)。 明治7年(1874)2月。 棟梁は琢美学校と同じ小宮山弥太郎。 明治21年(1888)に廃校、翌年市庁舎となる。
竜王学校 【りゅうおうがっこう】
中巨摩郡竜王村(現甲斐市竜王=旧竜王町)。 明治18年(1885)完成。 ベランダや塔屋(とうや)、隅石(すみいし)などの藤村式建築独特の要素が採用されていない、学校建築様式の過渡期(かとき)を窺(うかが)わせる建物。
若宮八幡神社 【わかみやはちまんじんじゃ】
南巨摩郡西嶋村(現身延町西嶋=旧中富町)。 文亀2年(1502)創建。 文政2年(1819)、焼失のため再建、天保2年(1831)に完成し翌年遷宮(せんぐう)式。

中世〜近世の社会 このページのトップへ

越訴 【おっそ】
定められた順序を経ずに、直接上級の官司に訴える違法の訴訟。
駕籠訴 【かごそ】
江戸時代の越訴(おっそ)の一つ。 幕府の高官や大名などが駕籠(かご)で通行するのを待ち受けて、訴状を投げ入れたりして直訴(じきそ)すること。
勘定奉行 【かんじょうぶぎょう】
江戸幕府の職名。 寺社奉行・江戸町奉行とともに「三奉行」の一つ。 老中(ろうじゅう)の支配に属し、幕府の直轄(ちょっかつ)領の財政、領内農民の訴訟をつかさどった。
公事宿 【くじやど】
江戸時代、地方から訴訟のため江戸や京などに出て来た者が泊まった宿。 訴訟についての諸事務も代行した。
【ざ】
鎌倉・室町時代、貴族・社寺などの保護を受け、座役(ざやく)を納める代わりに特定の商品の販売・製造の独占権をもっていた商工業者などの同業組合。
済口証文 【すみくちしょうもん】
江戸時代、訴訟の和解の際に裁判所に提出した文書。 和解の内容を記し、当事者の双方が連印した。
太子講 【たいしこう】
聖徳太子を奉る講で、江戸時代以降、大工や左官などの職人の間で盛んになった。
出入り 【でいり】
出入り筋(すじ)。 訴訟。 公事(くじ)。
出入り筋 【でいりすじ】
江戸時代の訴訟手続の一つ。 奉行所(ぶぎょうしょ)などの裁判機関が訴訟人(原告)と相手方(被告)の双方を出頭させ、対決審問して判決を与えるもの。
箱訴 【はこそ】
八大将軍徳川吉宗が設けた直訴の制度で、評定所(ひょうじょうしょ)の門前に目安箱(めやすばこ)を置いた。 これに入れられた庶民からの訴状を将軍自らが開いた。
評定所 【ひょうじょうしょ】
江戸幕府の最高司法機関。 三奉行(寺社・町・勘定)が個々には裁断できない案件を、三者および老中(ろうじゅう)一名が合議した。
冥加金 【みょうがきん】
江戸時代の雑税の一種。 商工業者などが幕府や藩主から受けた営業許可・特権付与の代償として献上した金銭。 物納、労役の場合もあった。
宿預け 【やどあずけ】
江戸時代、訴訟のため江戸に召喚(しょうかん)した被疑者を公事宿(くじやど)に預けること。

歴史に関すること・人物 このページのトップへ

穴山梅雪 【あなやま・ばいせつ】
天文10-天正10(1541-82)。 武田氏の武将で名は信君(のぶきみ)。 信友の子で母は武田信玄の姉、妻は信玄の娘。 逸見(へみ)穴山領、東西河内領、国中中郡支配を経て、天正3年(1575)以後は駿河(するが)江尻以東を支配した。 天正10年(1582)、武田家滅亡の間際に徳川家康に降り織田信長に謁見(えっけん)。 本能寺の変に遭い帰国の途中、山城宇治田原で一揆勢(いっきぜい)により殺害される。 跡を継いだ子の勝千代信治は16歳で逝去(せいきょ)、天正15年(1587)に穴山家は途絶えた。
石川七郎左衛門 【いしかわ・しちろうざえもん】
下山大工を代表する江戸時代(寛政から文政ころ)の人。 『匠家雛形増補初心伝(しょうかひながたぞうほしょしんでん)』を著した。 彫刻にも優れ、下山長谷寺(焼失)の向拝木鼻や狛犬(こまいぬ)などを遺(のこ)す。
甲斐国志 【かいこくし】
甲斐国の地誌を記した全71冊からなる文書。 文化3年(1806)、江戸幕府の命を請(う)けた当時の甲府勤番支配松平定能(まつだいら・さだまさ)により編纂(へんさん)が開始、およそ10年の年月をかけ完成された。 各村ごとに人口・地理・産業・史蹟(しせき)・寺社・人物などが仔細(しさい)に調査されており、山梨の歴史を知る際に欠かすことのできない貴重な資料とされている。
河内領 【かわうちりょう】
九筋二領
九筋二領 【くすじにりょう】
近世における甲斐国の行政区画。
九筋は甲府盆地一帯の地域を9つの区域に分けたもの(「栗原筋」「万力(まんりき)筋」「北山筋」「逸見(へみ)筋」「武川(むかわ)筋」「大石和(おおいさわ)筋」「小石和(こいさわ)筋」「中郡(なかごおり)筋」「西郡(にしごおり)筋」)。
二領は都留郡に相当する「郡内(ぐんない)領」と九筋の南側の地域に相当する「河内(かわうち)領」。 「河内領」のうち富士川以西(巨摩郡部)を「西河内領」、富士川以東(八代郡部)を「東河内領」と称した。
県令 【けんれい】
明治4年(1871)の廃藩置県(はいはんちけん)により県に置かれた長官のことで、明治19年(1886)に知事と改称された。
小宮山弥太郎 【こみやま・やたろう】
文政11年(1828)、塩山市塩後生まれ。 島村半兵衛のもとで建築・彫刻を学んだのち、徳川一門である田安家の作事頭となる。 明治6年(1873)に山梨県令として着任した藤村紫朗の勧奨(かんしょう)により、洋風建築の建物を造り始める。 梁木学校琢美学校、勧業製糸場、師範(しはん)学校、県立病院、静岡裁判所甲府支所など。 明治20年(1887)に愛媛(えひめ)に転任した藤村県令に招かれて、愛媛県内にも諸官庁を造ったといわれる(太平洋戦争の空襲により現存しない)。 大正9年(1920)没。
角倉了以 【すみのくら・りょうい】
安土桃山から江戸時代初期にかけての京都の豪商。 安南(アンナン=ベトナム)との間で朱印船(しゅいんせん)による貿易を営む。 河川の開発に従事し、富士川や天竜川の水路を開く。
藤村紫郎 【ふじむら・しろう】
弘化2-明治41(1845-1908)肥後(ひご)熊本藩生まれ。 黒瀬市左衛門の二男、のち同藩士萓野家養子。 脱藩(だっぱん)し王政復古の運動に参画、明治維新(いしん)の折、藤村に改姓。 徴士(ちょうし)内国事務局権判事、監察司知事、大阪府参事を経て明治6年(1873)山梨県県令となり、 明治20年(1887)に愛媛(えひめ)県知事に赴任するまでの14年間県政を担当。 勧業製糸場、勧業試験場、藤村式建築の小学校などを設立、道路の整備など、殖産興業(しょくさんこうぎょう)に努め文明開化政策を積極的に行なうが、強引な施策への批判が上がり、明治14年(1881)の政変後は県政の勢いが衰える。 のち貴族院議員に任命、男爵(だんしゃく)位を授爵、熊本農工銀行頭取(とうどり)に就任。

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錫杖 【しゃくじょう】
僧侶(そうりょ)や修験者(しゅげんじゃ)の持つ杖で、錫(すず)作りの頭部の環に、いくつかの小さな環をつけたもの。
廃仏毀釈 【はいぶつきしゃく】
明治初年の政府による神道国教化、神仏分離政策が引き起こした仏教を排斥(はいせき)する動きで、各地で寺院や仏像、経文(きょうもん)が破棄された。
六老僧 【ろくろうそう】
日蓮の6人の高弟(「日昭」「日朗」「日興」「日向」「日頂」「日持」)。

とじる