身延の民話




【地区】
下部
旧下部町
下部地区

【ジャンル】
怪異
怪異

【出典】 『富士川谷物語』 (加藤為夫、山梨日日新聞社 1987)
蜘蛛渕
 くもんぶち
 下部川(しもべがわ)下流でこれに合流する雨河内川(あめごうちがわ)を、約3キロさかのぼると川は「金白沢(きんぱくざわ)」と名を変える。五老峰(ごろぼう)の峰(みね)深く切り込んでいるこの沢をさかのぼると、大きな滝があり、滝下に深さ5、6メートルの大きな渕(ふち)がある。

 下部村の雨乞(あまご)い渕で、周囲の村々の雨乞いの効(き)き目がない場合には、下部の他数カ村の者が一緒(いっしょ)になってここに集まり、雨乞いをする習(なら)わしであり、雨乞い以外で近づいてはならない渕とされていた。

 ある時、一人の男が沢を上って来て、両岸の巨木(きょぼく)に覆(おお)われたほの暗い渕を泳ぎ回る魚に見とれ、夢中になって釣(つ)り糸を垂(た)れた。すると渕の中から大きな蜘蛛(くも)が現(あらわ)れ、男の足に糸を巻きつけては水中に入る素早(すばや)い動作を繰(く)り返した。

 男ははっとして、絡(から)まる蜘蛛の糸に気付き、それをはずして、そばの太い枯木(かれき)へ巻きつけた。その時、「よーし、引け」という声が響(ひび)き、枯木は地(じ)響きをたてて根こそぎ渕の中へ引き込(こ)まれてしまった。

 男は釣り竿(ざお)を折り、渕に投げ捨てて逃げ帰った。それからこの渕は「蜘蛛渕」と呼ばれるようになった。

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