身延の民話




【地区】
曙
旧中富町
曙地区

【ジャンル】
悲話
悲話

【出典】 『ふるさと中富のはなし』 (ふるさと中富のはなし編集委員会 2004)
おなつがれ
 おなつがれ
 富士見(ふじみ)山麓(さんろく)・曙(あけぼの)地区の梨子(なしご)集落から、更(さら)に南へ三百メートル程(ほど)上った旧早川往還(おうかん)筋(すじ)に、「おなつがれ」という地名がある。

 諸地方の夏枯(なつがれ)の地名の転訛(てんか)であるが、古老(ころう)によると「おなつ」は、女性の名前であるという。

 言い伝えは、次のようなものである。


 このあたりに若い炭焼きがいた。かせぎものの上に男っぷりもよいので、中山(なかやま)中はもとより近隣(きんりん)の娘たちにも知れわたっていた。

 中でも葛籠沢(つづらさわ)(六郷町=現市川三郷町)の娘・お夏は、この若者にぞっこん惚(ほ)れこんで遠い夜道(よみち)をせっせと通った。月の晩(ばん)は月をたよりに、闇(やみ)の晩はかすかに見える炭焼きの火を目ざして……。

 若い炭焼きの男も、娘の来るのを待ちわびて、楽しい逢瀬(おうせ)を重ねていた。ところが、なりふりかまわず夜ごと夜ごとに訪れる娘の情(じょう)の深さに、若者は次第(しだい)に恐れをなし、やがてそれがもしやもののけにとりつかれているのではないかと疑うようになった。そしてその疑いは、日ましに濃くなっていった。

 とうとう若者はある日、娘の通う崖淵(がけっぷち)の土橋(どばし)の橋げたを切断(せつだん)し、上を通ると橋がくずれ落ちてしまうようにしておいたのである。

 それとは知らずに、今夜もまた炭焼きの火をたよりに、この橋の上にさしかかったお夏は、哀(あわ)れ、深い谷にまっさかさまに落ちていった。こうしてこのあたりを、「おなつがれ」と呼ぶようになったという。

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