身延の民話




【地区】
曙
旧中富町
曙地区

【ジャンル】
動物
動物

【出典】 『富士川谷物語』 (加藤為夫、山梨日日新聞社 1987)
畳針と狐
 たたみばりときつね

 昔、早川(はやかわ)下流左岸(さがん)の、遅沢(おそざわ)村から隣(とな)りの飯富(いいとみ)村へ通じるがけ道の下へ、落ちて死んでいる者が相次(あいつ)いだ。最後の死者が、狐(きつね)の毛を握(にぎ)っていたので、死んだものは、狐に突き落とされたのだとわかった。そこで、この道を夜道(よみち)する者は絶(た)えた。

 中山村の若い畳(たたみ)職人が、飯富での仕事の都合(しごと)で、夜ここを通らなければならないことになり、提灯(ちょうちん)を借り、用心のため背負(せお)った道具包みから、とっさに畳針(たたみばり)を抜き取れるようにして出発した。

 飯富を出てすぐの道ばたにしゃがみ込んでいた女が、若者を呼び止め「おれは河東(かわひがし)の岩間(いわま)村の者で、中山の親類へ病気見舞(みま)いに出て来ただが、ここで腹が痛み出し座り込んでしまっただよ。暗くはなるし、どうしょうもなかったが、幸(さいわ)い腹の痛みもさきほど止まったところへ、運よくあんさんが来てくれて助かった。是非(ぜひ)一緒(いっしょ)に行っとくれ、恩(おん)にきやす」と言った。

 若者はこれが人を殺した悪(わる)狐かもしれない。もし狐なら、正体(しょうたい)を見破ってやろうと思い「おれも中山へ帰る途中(とちゅう)だ。お前のその親類は、何という家だ」と試した。すると女は、これこれこういう家だといい、その家の病(や)んでいるとう婆(ばあ)さんの名前を、すらすら言った。それは自分が知っている家なので、この女は決して狐ではないと安心し、連れだって歩き出した。

 やがて、何人もの人が河原へ落ちて死んだ崖(がけ)の上へ来た時、女がいきなり若者の提灯を手で叩(たた)き消した。若者は女が狐だと直感した。同時にドシンと、何者かが崖へ向けて若者に体(たい)当たりをくれた。

 若者は相手を山側へ押し戻(もど)し、抜き取った畳針を相手へ力いっぱい突き通した。相手はギャーッと大きな悲鳴(ひめいを上げた。若者は中山へ駆(か)け戻り、女が話した家へ行って見たら、病人など一人もいなかった。翌朝(よくあさ)、しらじら明けに若者が、昨夜の場所へ行って崖下をのぞいてみると、血だらけの大きな狐が死んでいた。畳針は深く岩につき立っていた。

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