身延の民話




【地区】
大須成
旧中富町
大須成地区

【ジャンル】
怪異
怪異

【出典】 『富士川谷物語』 (加藤為夫、山梨日日新聞社 1987)
年をとり過ぎた猫
 としをとりすぎたねこ

 昔、大塩(おおしお)村の杢左衛門(もくざえもん)さんの家で、長年飼(か)っていた猫の「ブチ」が、人間に化けて歌い踊(おど)るという噂(うわさ)がたった。ある日のこと、杢左衛門さんは、下肥(しもごえ)を畑に担(かつ)ぎながらブチの挙動(きょどう)に注意していると、誰もいない家の中から歌声が聞こえてきた。

 「はてな」と思って、出越(でごし)窓の障子(しょうじ)の破れ目から覗(のぞ)いて見ると、驚いたことに、白い手ぬぐいをかぶった女が、釜(かま)の蓋(ふた)を棒(ぼう)でたたいて調子をとり、「早く踊らにゃ杢左が来るぞ」と繰(く)り返しながら踊っていた。杢左衛門さんは気味悪くなったが、気付かれてはまずいと思い、そしらぬ振(ふ)りで下肥を担ぎ続けた。

 一段落(いちだんらく)して家に近づき、「エヘン」と、わざとカラっせきをした。すると、家の中からの釜の蓋をたたく音も歌声も、ピタリと止んだ。杢左衛門さんが家の中へ入ると、炊事場(すいじば)には、ブチが何知らぬ振りをしていたので、「ブチよォ」と名を呼ぶと、「ニャン」と鳴いて寄り添(そ)ってきたので、「よく留守番(るすばん)をしていろよ」と言って、また仕事にかかった。

 その後も、家人(かじん)の留守にブチは歌い踊りを続けたので、杢左衛門は長年、家族同様(どうよう)にかわいがってきたブチだが、これ以上放(ほう)ってはおけぬと心を決め、ブチの好きなご馳走(ちそう)をして、「ブチよ、お前も長いこと、この家のためになってくれたが、今日限りこの家に置くわけにはいかなくなった。せいぜい食ってくれ」と言った。ブチは、ご馳走を食い終わると、どこかへ姿を消した。

 河内(かわうち)では、猫は魔性(ましょう)のもので、「劫(ごう)を経(へ)た猫は化ける」「猫の年は尋(たず)ねるな、聞かれたら三つと答えろ」「猫が死人を跨(また)ぐと死人が起きあがる」という伝えがある。家に死者が出た時は、猫を蔵(くら)に入れたり、つないだりする風習が、今でも続いている。

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