身延の民話




【地区】
豊岡
旧身延町
豊岡地区

【ジャンル】
人物譚
人物譚

【キーワード】
日蓮聖人
日蓮聖人
【出典】 『身延町誌』 (身延町誌編集委員会 1970)
粟冠の鰍
 さっかのかじか
 日蓮聖人(にちれんしょうにん)が身延山に入る途中(とちゅう)、相又(あいまた)川の岸で石の上に腰(こし)をかけて休んでいると、老婆(ろうば)が、畑からの帰路(きろ)通り合わせ、聖人をわが家へお連れして中食(ちゅうじき)に粟飯(あわめし)を供養(くよう)した。その時、汁(しる)の中に一匹(ぴき)の鰍(かじか)が入っていた。聖人は如何(いかん)ともなしがたく、それを食(しょく)し終って後、老婆の家を辞(じ)して相又川でお口をすすがれた。

 その後、この川畔(かはん)の正慶寺(しょうけいじ)の近くに、粟粒(あわつぶ)を頭につけた鰍が現われたので、日蓮聖人由縁(ゆえん)の珍魚(ちんぎょ)とたたえた。また、老婆の家は聖人に粟冠(さっか)の姓(せい)を授(さず)けられたという。正慶寺内には今も「御腰掛石(おこしかけいし)」がある。

 このことから、正慶寺を「粟飯の霊場(れいじょう)」ともいい、今も粟冠の鰍がすんでいるという。(「甲斐伝説集」)

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