昔、身延門内の宿屋「枡屋金左衛門(ますやきんざえもん)」のところへ、容貌魁偉(ようぼうかいい)な大男が突然(とつぜん)現れ、頼(たの)みもしないのに勝手に、薪(まき)拾いや米搗(つ)き、水汲(く)み、掃除(そうじ)などをせっせと手伝い、何とはなしに住みつくようになってしまった。
実によく働く男だったが、はじめ主人は男のいかつい顔立ちが、泊(と)まり客にこわがられはしまいかと、内心不安だった。その心配もいつしか消えたころ、突然この男の姿が見えなくなった。男が扱(あつか)っていた米櫃(こめびつ)に、銭(ぜに)がいっぱい入っていた。
その後、そばらくして、山へ薪拾いに行った人が、林の中でこの大男が、二個の大石を手玉にとって遊んでいるのを見た。肝(きも)をつぶして山を飛び下り、あの男は山の神の化身(けしん)だったに違いないと、金左衛門につげた。
金左衛門がその場へ行ってみると、男の姿はなく、手玉にしていたという石が残されていた。そこでその一つを持ち帰り、ほこらを建ててまつった。人々はこれを商売の守り神とし「お玉石」と呼んだ。今、橘町(たちばなちょう)にまつられている。枕(まくら)三つ分ほどの石である。
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