身延の民話




【地区】
下山
旧身延町
下山地区

【ジャンル】
人物譚
人物譚

【キーワード】
日蓮聖人
日蓮聖人
杖立伝説
杖立伝説
【出典】 『富士川谷物語』 (加藤為夫、山梨日日新聞社 1987)
上沢寺のさかさ銀杏
 じょうたくじのさかさいちょう
 今から約七百年前の鎌倉(かまくら)時代、河内(かわうち)南部の地頭(じとう)だった南部実長(なんぶ・さねなが)に招(まね)かれた日蓮(にちれん)上人(しょうにん)が、鎌倉から駿河(するが)を経(へ)て富士川沿(ぞ)いに身延に入ったが、西谷(にしだに)の御草庵(ごそうあん)が仕上がるまでの間、甲州(こうしゅう)各地を巡(めぐ)って布教(ふきょう)した。

 今の増穂(ますほ)町(現富士川町)の小室山(こむろさん)は、当時真言宗(しんごんしゅう)の有名な道場であった。ここへ日蓮上人は布教に登り、道場の最高の地位にあった善智(ぜんち)法師(ほうし)と法論をたたかわした。

 法論に敗れた法師は、表面は上人に帰依(きえ)することを約束したが、内心、上人の毒殺を謀(はか)り、女に毒饅頭(まんじゅう)を持たせて、道場を下る上人のあとを追わせた。上人が下山上沢(かみざわ)にある小室山所属(しょぞく)の小庵(しょうあん)に立ち寄って、休憩(きゅうけい)しているところへ追いついた女は、持参した毒饅頭を上人にさしあげた。

 上人がその一つを口にしようとした時、そこへ一匹の白い犬が飛び込んで来て、しきりにその饅頭をねだる様子を見せた。上人が手にした饅頭をその犬に与えると、犬はたちまちその場に倒れて死んだ。

 上人はわが命を救ってくれた犬を哀(あわ)れみ、犬を葬(ほうむ)って、その塚(つか)の上に小室山からついてきた生木(なまき)の銀杏(いちょう)の杖(つえ)をさし立てた。この杖が根づいて成長し、大木(たいぼく)となった。

 今この銀杏は、根囲(まわ)り約8メートル、樹高(じゅこう)約23メートルもあり、全国屈指(くっし)の銀杏の巨樹(きょじゅ)で、国の天然記念物となっている。杖が根づいた木なので「さかさ銀杏」と呼ばれている。また葉の上に結実(けつじつ)する実が多いので(葉上結実)、「お葉付き銀杏(おはつきいちょう)」とも呼ばれている。

 下山の本国寺(ほんごくじ)の大銀杏も、日蓮上人のお手植えと伝えられており、これも国の天然記念物である。

 下山には、この二樹と同樹齢(じゅれい)と見られている銀杏が、ほかに二本ある。四本とも雌木(めぎ)である。昔から下山では、この四本の銀杏が芽吹き出すのを見て、村人は苗代(なわしろ)作りに取りかかった。また、この四樹が紅葉を始めるのを見て、麦まきを始めたのである。

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