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身延を扱った作品

みのぶをあつかったさくひん
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[紀行文・案内記 | 小説・詩 | 随筆など | 日蓮聖人・木喰上人]








館内閲覧 三戸勝亮[著]
身延道の記 増補 草山和歌集類題
身延山久遠寺
1995(平成7)年11月
 元政上人が万治2年(1659)8月、京都から79歳の老母をともなって身延山に参詣しさらに鎌倉江戸に歩をすすめ帰路の関ヶ原にいたるまでを記した旅行日記。寛文3年(1663)刊行された。文章のすばらしさは芭蕉の奥の細道に対比されている。(高山一行編 1976年 『身延参詣記拾遺』 解説より)
貸出可 甲斐叢書 第1巻
清水浜臣 甲斐日記
甲斐叢書刊行会
1934(昭和9)年
 浜臣が文化13年(?)吉田(富士吉田市)の門人刑部国秀の案内で甲斐の名所旧跡を歴訪した紀行日記。江戸を3月17日出立、4月16日帰着、4月4・5日の二日間身延参詣。(高山一行編 1976年 『身延参詣記拾遺』 解説より)
貸出可 十返舎一九[著] 鶴岡節雄[校注]
新版絵草紙シリーズ 十返舎一九の甲州道中記
  身延道中記(方言修行金草鞋第十二編)
千秋社
1981(昭和56)年7月
 単行本は身延道中記になっているが全集には方言修行金草鞋第十二編になっている。
 刊行は文政辰年刊行の十三編に「風雅でもなく洒落でもなく去年真面目に著せしは「身延道中筋」とあることから「卯年」の文政2年に初版を出したと思われる。身延山への参詣は緒言に「作者も先年当山に参詣したれど年久敷事ゆへ忘失して精しからずといへども」とあることからその数年前の文化年中に取材に来たと思われる。
 道筋は江戸から甲州街道を通り身延に詣で東海道吉原宿までで終っている。(高山一行編 1976年 『身延参詣記拾遺』 解説より)
貸出可 甲斐叢書 第3巻
吉田兼信 甲駿道中の記
甲斐叢書刊行会
1934(昭和9)年
 土浦藩主土屋家の家臣吉田兼信が文政13年(1820)武田勝頼、土屋惣蔵の二百遠忌に景徳院に詣で身延・静岡を経て土浦へ帰着するまでの紀行日記。身延参詣は3月27日。(高山一行編 1976年 『身延参詣記拾遺』 解説より)
館内閲覧 大森快庵[著]
甲斐叢記 甲斐名所図会
臨川書店
1996(平成8)年9月
 甲斐叢記は全10巻。5巻までは嘉永元年の出版で6巻から10巻までは明治26年弟の大森保三氏が出版した。1・2巻が歴史地理政治の概況、3巻から9巻までが地区別案内、10巻は武田家雑記になっている。当時の甲斐国内の名所が詳しく記されている。(高山一行編 1976年 『身延参詣記拾遺』 解説より)
館内閲覧 甲斐志料集成1
黒川春村 並山日記
甲斐志料刊行会
 春村が嘉永3年(1850)3月甲斐の名所旧跡を探勝し身延・万沢を経て5月1日に江戸へ帰着するまでの紀行日記、身延へ参詣したのは4月23日。(高山一行編 1976年 『身延参詣記拾遺』 解説より)
貸出可 甲斐叢書 第3巻
霞江庵翠風 甲州道中記
甲斐叢書刊行会
1934(昭和9)年
 慶応2年伊那谷から諏訪を経て入甲し10月ごろ身延山に詣で甲州街道を江戸に帰着するまでの紀行文。(高山一行編 1976年 『身延参詣記拾遺』 解説より)
貸出可 田山花袋[著]
日本温泉めぐり
角川春樹事務所
1997(平成9)年11月
 1918(大正7)年12月に博文館より『温泉めぐり』として発行された作品を、今日の読み物として楽しめるよう再編集したもの。
 「甲州の温泉」の項に、甲府から鰍沢を経て舟で波高島へ着くまでのようすが書かれている。「下部の湯」という小題がつけられているものの、実際には舟で一緒になった下部温泉へ行くという男が語ったことが記されているのみ。
貸出可 井伏鱒二[著]
井伏鱒二全集(全28巻、別巻2冊)
筑摩書房
1996(平成8)〜
2000(平成12)年
 「富士川支流」 (第4巻、1934年)
 「近県旅行」 (第5巻、1934年)
 「七面山所見」 (第6巻、1936年)
 「夏日お山講」 (第6巻、1936年)
 「雨河内川」 (第13巻、1949年)
 「富士川支流」「近県旅行」「雨河内川」は、温泉と釣りを主にした下部地域を扱っている。「七面山所見」「夏日お山講」は、講中にまじって登った七面山参詣のようすが書かれている。
貸出可 大寄赳彦[著]
富士と四尾連湖 −自分史と先祖探索の山登り−
山と渓谷社
2004(平成16)年7月
 「五−三 四尾連湖と峨ガ岳」「六−三 四尾連湖から精進湖へ」に峨ガ岳への登山のようすが記されている。
 著者は宮城県の生まれだが、父が市川大門の出身。「四尾連湖から精進湖へ」では、富士講の先達を務めていたという6代前にあたる大寄友右衛門が、市川大門村から忍草村(現在は忍野村)まで講の人々を連れて行ったと考えるルートをたどっている。

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貸出可 井伏鱒二[著]
井伏鱒二全集(全28巻、別巻2冊)
筑摩書房
1996(平成8)〜
2000(平成12)年
 「四つの湯槽」 (第7巻、1938年)
 「侘助−波高島のこと−」 (第11巻、1946年)
 「温泉夜話」 (第13巻、1949年)
 「片棒かつぎ」 (第14巻、1950年)
 「猫また小路」 (第16巻、1952年)
 「伊之助の短文」 (第18巻、1955年)
 「厄除け詩集」より「按摩をとる」 (第28巻、1937年)
 井伏鱒二の小説には、登場人物が湯治などで下部温泉を訪れる作品がいくつかある。「猫また小路」には源泉館とやまめ床が、「伊之助の短文」には七面山が登場している。
松本清張[著]
黒い樹海
 1958(昭和33)〜1960(昭和35)年『婦人倶楽部』に連載。

 たった一人の肉親である姉をバスの事故で亡くした若い女性が、事故時に姉と一緒にいたはずの男性を探す過程で複数の殺人事件が起こる。一連の事件に巻き込まれた人物の出身地が波高島に設定されており、主人公が波高島を訪れる場面が描かれている。
〜主人公と下宿のおばさんとの会話〜(本書より抜粋)

 おばさんは、自分でも息を吹いて熱い茶を啜り、「甲府の先というのは、どちらですか? わたしも、あの辺には親戚があるので知っていますが。」と、祥子を覗きこんだ。
 「波高島というところですわ。」祥子は、またしようがなしに言った。
 「ハダカ島? へへえ、妙な名前の島があるんですね?」 と、おばさんは眼をまるくした。
 「いいえ、島じゃないんです。そういう名前の土地です。富士川のすぐ傍で、身延山に近い田舎ですわ。」
松本清張[著]
波の塔
 1959(昭和34)〜1960(昭和35)年『女性自身』に連載。

  官庁と業者の間の仲買いで不正な儲けを得ている男を夫に持つ若い女性。その女性と恋愛関係にある新米検事。そしてその彼に淡い思いを寄せる娘。娘の父である地位のある役人は汚職で仲買いの男とつながり、新米検事はそれを摘発する側に立たされる。
 若い女性と検事が旅先の温泉地でひどい台風に遭い、富士川沿いに歩いて静岡方面へ行く場面が描かれる。また、妻の浮気を疑った仲買いの男が同業者の愛人である女を伴い、同じ温泉地を訪れる場面もある。

 「身延線沿線のS温泉」と書かれている場所は下部温泉と考えられるが、「富士宮まで六里の距離」「梨の栽培が盛んな地域」「鉄道駅や旅館などの地理関係」「周辺の地形」などに、事実と合わない部分が多いため、おおよその特徴を借りた架空の場所と捕えるべきか。
館内閲覧 松本清張[著]
甲府在番
筑摩書房
1958(昭和33)年9月
 1957年 『オール讀物』に掲載。

 行方不明になった兄の後をついで甲府勤番になった男が、兄からの手紙を手がかりに行方を捜す。兄の秘密に気づいた同輩とともに熊輪という土地を訪ね、隠し金山を見つけるが、金山を守り続ける番衆に捕えられる。
 男が身延詣でをすると偽って下部温泉を訪ねる場面がある。熊輪とは、湯之奥から静岡県猪之頭に抜ける境にあるとされている。
松本清張[著]
異変街道
 1960(昭和35)〜1961(昭和36)年『週刊現代』連載。

 甲府勤番に半年前役替えになった鈴木栄吾が死んだ。その後、死んだはずの栄吾に甲州身延山の裏山で出会ったという向両国の水茶屋の主人が何者かに殺される。親友三浦銀之助は真相を究明しようと甲州へ向かった…
 …「甲府在番」と同じ題材を扱った作品。江戸から甲州へと物語の舞台も広がり、伝奇小説として物語の枠組も大きくなっている。(志村有弘・歴史と文学の会共編、勉誠出版 2008年『松本清張事典 増補版』より)
貸出可 松本清張[著]
小説新潮 2009(平成21)年12月号
  江戸綺談 甲州霊嶽党
新潮社
2009(平成21)年11月
 巨星・松本清張が最後まで執念を燃やしながら、これまで単行本にも全集にも収録されなかった幻の小説−『江戸綺談 甲州霊嶽党』は「週刊新潮」1992年新年号から4か月掲載されたのち、著者急逝のため未完の作品となった。
 自身、「一代の世話物にしたい」と語っていた本作を、没後に公にされた原稿も併せてここに再録する。(小説新潮 2009年12月号 「生誕百年 松本清張 最後の小説」より)
吉村昭[著]
身延線
 『南北』 1967(昭和42年)1月号掲載。

 戦時中の話。勝沼で葡萄を手に入れた少年は、嫂の実家がある富士宮へ行くはずだったが、下部止まりの終電車に乗らざるを得なかった。駅舎で夜を明かすつもりが、車内で同席した少年に強引に彼の親戚の家へと連れて行かれ、居心地の悪い一夜を過ごす。
貸出可 内田康夫[著]
日蓮伝説殺人事件
角川春樹事務所
1997(平成9)年6月
 日蓮聖人のルポ「伝説の旅」で身延山を訪れることになった浅見光彦が、甲府の宝飾会社の製品にからむ偽装と殺人を追うことに。デザイナーの女性の死体は身延町内の崖下で発見され、下部温泉の熊野神社には「日蓮の生まれ給いしこの御堂」の文字が。浅見は久遠寺、御廟、天津小湊の誕生寺と清澄寺、鎌倉の龍口寺、伊東の仏現寺と、日蓮聖人に関わる土地を巡る。
 物語に重要な意味を持つ謎のメッセージが書かれていた場所として登場する下部温泉の熊野神社を日蓮聖人と結びつけたことには違和感もあるが、「伝説」を演出する神秘的な舞台設定として採用したものか。
貸出可 鬼丸智彦[著]
富士川
山梨日日新聞社
2006(平成18)年6月
 第7回坊ちゃん文学賞大賞作品。
 角打少年団、富士川での横断遊泳や釣り、お盆の投げ松明、近所に住む朝鮮人家族の少女とのふれあい、進学のこと…戦中の角打地区を舞台に、小学6年生の少年の日々が生き生きと描かれている。
貸出可 西村京太郎[著]
十津川警部 愛と祈りのJR身延線
集英社
2010(平成22)年3月
 「ポストマン」と呼ばれる謎めいた宗教行為を行う新興宗教・信美教団にからむ殺人事件を、元警察官の私立探偵と十津川警部が追う。
 身延山詣でをすると言って行方不明になった叔母を捜し、私立探偵は身延山久遠寺を訪れる。信美教団は身延生まれの女性が創設した宗教で、本拠地の信美寺は身延駅から1時間ほどの、身延山のさらに奥地にあるという設定。

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貸出可 井伏鱒二[著]
井伏鱒二全集(全28巻・別巻2冊)
筑摩書房
1996(平成8)〜2000(平成12)年
 「サイカチの木」 (第13巻、1949年)
 「私の膝小僧」 (第13巻、1949年) 日記
 「丸木橋」 (第15巻、1952年)
 「下部の湯」 (第17巻、1954年)
 「とぼけた湯治場−要害温泉と下部温泉」 (第19巻、1956年)
 「丸木橋に関する思ひ出」 (第19巻、1957年)
 「波高島」 (第24巻、1965年)
 「下部の湯元」 (第24巻、1966年)
 「飯田龍太の釣」 (第24巻、1968年)
 「器用・不器用」 (第24巻、1969年)
 「ヤマメ釣」 (第24巻、1969年)
 身延が関連する井伏鱒二の随筆は釣りに絡んだ内容が主で、下部川、栃代川、下部温泉、やまめ床、源泉館、波高島、身延山といった場所のほかに、飯田龍太や三田村鳶魚などの名も散見される。
貸出可 幸田文[著]
崩れ
講談社
1994(平成6)年10月
 梅ヶ島温泉(静岡市)と大城(身延町)をつなぐ安倍峠を訪れ楓の純林に心身を洗われた著者は、その翌日、安倍川支流をさかのぼり「大谷(おおや)崩れ」を目の当たりにして大きな衝撃を受ける。これをきっかけに、何かにせき立てられるかのように各地の「崩れる山」「荒れ川」を訪ね歩き、独特の視点、感性で「崩壊」を見つめ記録。当時72歳っだった著者が86歳で死去したのちに発刊された、随筆としては異質な作品。

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貸出可 大佛次郎[著]
小説日蓮
光風社書店
1976(昭和51)年
貸出可 童門冬二[著]
国僧日蓮(上・下)
学研
2000(平成12)年10月
貸出可 三田誠広[著]
日蓮
作品社
2007(平成19)年9月
貸出可 山中公男[著]
木喰四国堂縁起
河出書房新社
1984(昭和59)年3月
貸出可 小河久[著]
捨身木喰上人
創栄出版
2000(平成12)年6月
貸出可 彌勒祐徳[作]
木喰さん
石風社
2008(平成20)年3月

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